en-gのスキーな毎日

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スキー昔話 4

《日本のフリースキーの源流》
オラのスキーの先生は三浦雄一郎さんです。
けど、会ったことも話したこともありません。
なのになんで先生なのかっていうと、スキーが好きになったきっかけってのが三浦雄一郎著『スキーがうまくなる本』だったからです。さらにその後、『スキー超特急』、『スキー武者修行』、『すばらしきスキー野郎』、『新しいスキー読本』、『体験的スキー術』等々、繰り返し繰り返し読んだものです。それらの著書がオラにとって何よりのスキー指導書だったのです。残念ながら今は皆散逸して、手元には1冊もありませんが。
てゆーか、またまたスキー昔話です。
『別冊skier'75』、に「日本のホットドック野郎大集合!」と題された三浦雄一郎さんの筆による記事が載っているのです。
昭和49年9月発行と記されているのでちょうど37年前の記事ですね。
飛んだり跳ねたり、コブ斜面を超スピードで滑り降りたり、当時はそんな滑りを “ホットドッグ” と呼んでいました。ホットドッグがアメリカからやってきて日本の一般のスキーヤーに認知されたのは'70年代になってからだと思います。
また、ホットドッグとは別に“アクロバットスキー”という言い方もあったようです。『別冊週刊読売'74スキー特集』には、第1回プロスキートーナメントでアクロバット競技というのが行われ、スピンやフリップが次々と繰り出される中、只野直孝さんがカイトで空を飛んで優勝したという記事が載っています。これはさしずめムササビスーツの先駆けってとこでしょうか。
で、「日本のホットドック野郎大集合!」という記事ですが、三浦雄一郎さんは、記事の中で若いホットドッガーたちのことをレーサーとかインストラクターとかの枠におさまりきれない、雪に自由を求めるフリースタイルなスキーのスターたちであるとして、昭和中里スキー場(当時)で行われたプロスキー大会での様子を伝えています。
掲載されている写真を見ると、小林啓二はバックフルをやっています。土方あきらはダフィーを、渡部寿雄はテールグラブをやっています。
そして三浦さんは、小林、土方、渡部、さらに基田忠雄、高梨秀雄、西本久平、丸山英治、土田勝、国分文夫、只野直孝らの人となりをそれぞれ紹介した後、記事を次のように結んでいます。

まだまだすぐれた可能性をもった若いスキーヤーが日本にもたくさんいるはずである。世界でこの分野の歴史は浅いだけに、われわれにもチャンスはあるはずである。それだけに自由なスキーにかけた若いフリースタイル・スキーヤー諸君に大いに期待したい。

ホットドッグがモーグルエアリアル、フリーライディングなどへと発展していく歴史の日本に於ける源流とも言うべきものがここにあったんですね。37年前のこの示唆に富んだ記事を読んで改めて時代の流れに感慨を覚えた次第です。


※記憶は定かではないのですが、たばこをふかしながら宙返りをしている写真をどこかで見たような記憶があります。戦前に撮られた写真だったかもしれません。